一生懸命にはたらいているのです

 呉羽之介は片里が指すままに庭をながめました。青々《せいせい》たる梧桐《ごとう》の下に箒木を手にしている老人は、老い屈《かが》んだ腰も重げにうめきながら、みにくい皺《しわ》で一ぱいになった顔を、日のまぶしさにしかめつつやせ衰えた脛《はぎ》をふんばり、僅かな仕事に汗水を流して、一生懸命にはたらいているのです。 片里はうまず言葉をつぐのでした。「ほんに羨《うら》やましいのはそなたの身じゃ、その美くしさとその若かさとを持っていたら、あらゆる此の世の楽しみ、何ひとつ叶《かな》わぬことはない筈だ」「なにをおなぶりなされます、私なぞは、せめて父親の遺業をつぎ、一かどの儒者として世に立てたらということばかりが望み、しかし、いかに努めても生得の愚根、とんと自分で呆《あき》れておりまする」「ハ、ハ、ハ、呉羽之介どの、学問と言われるか――」 と、片里は辛《から》っぽい笑いを笑いました。「そのようなものは、額《ひたい》、小鬢《こびん》の抜け上った、田舎者におまかせなされ、学問武芸――すべてああした粗硬の業《わざ》は、そなたなぞの行《や》るものではない。孔子は恐らく貧相な不男《ぶおとこ》であったろうし、孫子は薩摩《さつま》の芋侍《いもざむらい》のような骨太な強情《きごわ》ものであったであろう――子《し》のたまわくや、矢声掛声《やごえかけごえ》は、そなたのかわいい唇から決して洩《も》れてはならぬものじゃ」「学問武芸を望まぬとしたら、此の世の望みは何でござろう」 と、呉羽之介は、いくらか反抗するように、しかし好奇心に充たされた目つきになってたずねました。 片里はあくまで相手に自説を承認させようとして、「美くしく、若いそなたの望みとすべき、楽しみ、よろこびのたぐいは、数うるにいとまのないほどじゃ。そなたはまだ気がつかぬかも知れないのう。されど、そなたと袖振り合う女子《おなご》という女子は、たとえば町家の小娘も、そぞろ歩きの遊びめも、大名高家の姫ぎみも、心からウットリとせずにはいられぬのだ――」 と、言いかけた時、今まで熱心に絵筆をふるっていた露月は急にあとをふり向きました。

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