老いた下郎を眺めた時

 主人の命をかしこんでふたたびかなたに帰ってゆく老いた下郎を眺めた時、呉羽之介のあでやかな面上に、颯《さっ》と悲哀のいろがうかびました。 ――そうだ、此の美くしさも永劫ではない―― 呉羽之介は先程の片里の言葉を思い出した。 げに、一刻千金|春宵《しゅんしょう》のながめよりも儚《はか》なき青春よ! このあでやかな自分のすがたも、若かければこそ美麗なれ、瞬間にしてあの醜い老《おい》の波は全身を押しひさし、やがてこの身もあの下郎とあまり変らぬむさいものとなるにきまっている―― と、考えて、呉羽之介は、たった今われとわが身の比類ない美くしさとその値打とに気がついた身であるだけ、一そう激しい失望に襲われるのでした。「――何という情けないことだろう――すべての人が老いるということは!」 呉羽之介は、思わず口に出して、こう言って吐息をつきました。「それゆえ若かさを惜しめと申すのじゃ」 と、片里は少人の心持が、自分の思う方へと傾いてゆくのに益々《ますます》よろこばされて、煽《あお》り立てるように言うのでした。「如何《いか》にそなたが美くしいとて、その黒髪に霜《しも》が置き、玉の額に傷があらわれ、眼《まなこ》落ち凹《くぼ》み、歯がまばらになるならば、あの庭掃きとあまり変らずなるであろう――それまでがそなたのいのちじゃ」 呉羽之介は、熱い息を、炎を吐くように苦しげについて、じッと自分の絵すがたをみつめながら、わななくこえで申しました。「羨《うらやま》しいはこの絵すがたじゃ。たとえ此の身が老いさらばう時が来ても描かれたすがたに、変りはないのだ――」「変りはないのは死物《しにもの》ゆえじゃ」 と、片里はかたわらから訓《お》しえるように、

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